目標に加えて欲しいこと
2026.01.3
こんにちは。メルシーです。
「何かを達成したい」なんて、思うことは素晴らしいことです。
僕自身も、ずっと色んな事に対して達成することを目標として頑張っていました。
ただ、この目標が、何かを達成しないと自分を認められないものになると、急に追い込まれたような気持ちにはならないでしょうか。僕には、毎年のように掲げた目標が、途中で苦しくなって投げ出してしまったりしてしまうのはよくあることでした。そこには、目標を掲げたことで心をすり減らしてしまう自分がいるからでした。嫌な思いまでして、やる必要はないと思ってしまうのでした。
本来なら、目標というものは、進むべき道を明確なものにしてくれるものです。自分自身の成長を導いてくれるものでもあります。目標を達成することで達成感を生み、自信にもつながるものです。であるからして、目標を持つことで、人生の充実させるものになるはずなんです。それなのに、目標を達成することが出来なかったことで、自己否定に繋がってしまうのも事実なんです。
数年前の僕も、将来を不安に思い、沢山の目標を掲げて望みました。その内の何かひとつでも達成することが出来れば、勢いに乗れたのかもしれません。でも、そうはなりませんでした。そして、追い込まれたような気持ちになって、焦ってしまいました。そして、ほとんど投げやりのような形で諦めてしまいました。目標を掲げてしまったことで、自分を責めるようなことばかり考えて苦しかったのです。もちろん、追い込んだことで、自分を伸ばすことにも繋がることも出来ることを知っています。この時までは、僕自身もそう思っていました。でも、そういった時は、燃え尽きてしまうか火がつかなくて、くすぶってしまうことが多かったのです。
そう誰であったって、目標を考える時に、失敗した時や達成することが出来ないことを考えて目標を立てる人なんかは誰もいません。諦めてしまったときの自分を想定して目標なんか考える人は誰もいません。だから、余計に目標を達成しなかったとき、想定していない自分に陥ってしまうのです。自己否定に繋がりやすいのです。
だから、目標を掲げるにあたって目的とは違うものであることは認識しておく必要はあるのだと思います。目標の先の自分を見据える必要があるのだということです。目的に近づくことが出来るのだったら、目標を達成することが出来なかったとしても、自分を認めることが出来るからです。
例えば、今年の目標を新しい趣味を見つけて始めることとします。これは、いつかの僕が掲げた目標のひとつでした。結局は、仕事三昧で達成することが出来ませんでした。こんなことも出来ないものかと自分に落胆してしまったのことでした。
ですが、この目標を深堀してみると、どんな自分でありたかったのかが見えてくるのでした。例えば、わくわくしている自分。楽しくて笑顔な自分を想像することができます。つまり、目標というものを、在り方を意識してみると、こんな自分でありたいのかやどんな人間でありたいのかや何を大切にして生きたいのかを理解することが出来るのです。
だとするのなら、先ほど例に挙げた目標を、今年の目標を新しい趣味を見つけて始めることでワクワクする自分でありたいと言い換えるだけで、例え、目標が達成することが出来なくても、ワクワクする自分は味わうことが出来るのはずです。その先のなりたい自分には近づくことが出来ます。それ故に、目標を達成することが出来ない自分を責めることもなくなり認めることも出来るのです。
それは、人生とは、この尊い命をどう生きるのか。これが、重要だからです。それが生きる目的となるからです。だから、何かを達成することよりもどうありたいたいのかの方が大事なことなのです。
目標を掲げることは人生を有意義なものにする上で大切なことです。ですが、目標を掲げたことで自己否定に陥る危うさも持っています。だから、そうならないために目標を立てる際にどうありたいのかまで考えてみて下さい。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
メルシー