経緯
思い返せば、子供の頃から、自分の気持ちや思ったことを口にするのが苦手でした。母は、とても厳しい人でした。本当は、将来を心配してのことだったのかもしれません。あんな風になってはいけない。そう言っては、大学に行きたくても行けなくて、苦労を強いられていると父をいつも批判していましたから。だから、勉強あるのみだと、ありとあらゆることを制限したり禁止していたのでした。
ほんの少しであっても、こうしたいという自分の気持ちを言うものならば、叱責を受けてきました。それは、血がつながっていないのではないかと子供ながらに疑ってしまうほどでした。
いつしか、性格まで変わってしまったのです。それまでは、明るく人懐っこいお調子者だったのが、滅多に話をしない、何を考えているのか分からない、大人しい子供だと言われるようになっていました。自分の気持ちや考えていることを、正直に言ってしまえば、否定されてしまう。誰かに合わせて生きるほうが楽だし、いちいち責められることも孤立する心配もなくなる。自分が傷ついてしまうことが怖くなって、臆病になってしまっていたのでした。
そして、自分が傷つくことを何よりも恐れるようになった僕は、あらゆることから逃げ出すようになっていました。
そんな性格が災いして、社会人になって初めて就職した先で、僕はいじめに遭ってしまいました。それは酷いものでした。存在そのものを否定されるような扱いを受けました。毎日痛めつけられて、心もボロボロになってしまい、いつしか、僕自身も自分は何の価値もない存在してはいけないものだと思う様になっていきました。
逃げ出せばよかったじゃない。よく、こんな風に言われてきました。ですが、そんなことを言われたって、逃げ出す勇気はとっくにへし折られていたのです。誰かに助けを求める勇気も残ってはいませんでした。
このことで、僕は自分を完全に嫌いになって、いつも自分を否定するようになっていました。
でも、幸せになりたかった。だから、こう考えるようになっていました。成功さえすれば、全てがひっくり返るものだと。成功すれば、嫌いな自分も好きになれる。性格だって、明るくポジティブなもの変われる。これまで、僕のことを蔑んできた人たちも、手のひらを返したように、賞賛してくれるはず。僕のことを否定し続けた母でさえ、認めてくれるはずだって。成功すれば、大切なものだって守れるはずだって。これまでの人生をなかったことに出来て幸せになれる。そう、思い硬く決心したのでした。
その思いは確かに、前向きなもので力をくれたのでした。いじめだって、乗り越えることが出来たのですから。ほんの少しの自信を持つことだって出来たのです。それなりに、前にも進んでいると実感することも出来ました。
ですが、自己否定と自分嫌いが仇となりました。
どれだけ前に進んでいたとしても、どれだけスキルを身に付けても、自分のことを認めることが出来ませんでした。自分なんかが、自分なんてという思いが、心を支配してしまっていたからなのです。
ある会社に勤めていたときのことでした。周りからみれば順風満帆に見えたかもしれません。夢へと確実に登っていっているように見えたのかもしれません。
でも、実際は、これまで積み上げてきた自信は失われ、くじけそうになっていました。今にも、壊れてしまいそうな状況だったのです。
そして、任せて貰えた事業を失敗してしまったのです。確かに、僕だけのせいではなかったかもしれません。ですが、僕自身の弱さも、大きな原因の一つであることは間違いのないことでした。
会社は全ての責任が僕にあるとしてきました。散々、否定した挙句に負債の返済を求めてきました。返しきるまでは、何が何でも働いてもらうと。僕は自分の負い目を感じて、会社の言いなりになりました。成功するまでは死んでも働けと言い聞かせました。寝る時間も休む時間もなかった。本当に奴隷のようでした。生きることが出来ないくらいにしか与えて貰えませんでしたから。その中で、精神を壊してしまったのでした。
電卓も打てなくなるくらいでした。遂には、どうにもこうにもならないくらい自分を追い込んでしまい、楽になりたいと思う様になってしまったのでした。取返しのつかないことをしてしまい、気が付けば、お医者様から、重度のうつ病であると診断されたのでした。
その時に、僕は全てを失ってしまったのでした。夢も大切にしていたものも失った僕は人生のどん底だと感じて、絶望を感じて、長い間人生の歩みを止めてしまっていたのでした。
あの時にこうしていれば、ああしていればという後悔が山のように出てきます。ただ、それが今の僕にとっては貴重なものになっています。
それが、学びとなり得るからです。
自分に希望が持てるようになれたのも、再び、人生を歩き出すことが出来るようになれたのも、ひとつのきっかけがもたらしてくれたものでした。
それが、本当に学びだったのです。
すがる思いで読んだ本で、起き上がるきっかけをもらうことが出来たのです。
それから、のめり込むように学びました。
自分の人生が大きく変わっていくのが、手に取るように感じられたのでした。
今では、幸せを感じることも出来るようになれたし、ひとつの会社を起業し経営できるまでになることが出来ました。
そうしていくうちに、僕も同じように、誰かの勇気のきっかけになることが出来たらと思うようになったのです。
自分を嫌いになってしまったり、自分のことを認められなくなってしまったり、自分をどうしようもない人間であると思ってしまったりすることは、誰にでも起こりえてしまうものだと思うのです。
自分を受け入れられない時に、どうしていけば良いのかという答えや、困難を目の前にしたときに、乗り越えていけるような指針は、成長した自分が教えてくれるのです。
だからこそ、日々学ぶことが大切なのです。
大人だからこそ、学ばなければいけないことはたくさんあるのです。
自分を知り、人間関係を知る。人の道理や人生の理を知る。子育てや介護に。資産運用から世界情勢など。本当に様々です。
大人であるからこそ、学ぶことが必要なのです。
その一歩は、子供の時のようにレールが敷かれているものではなく、自分自身で選び踏み出さないとなりません。
僕は専門家でもありません。でも、だからこそ学びの大切さを伝えられるはずだと思っています。誰も躓かないところで躓き、そんなことで自分を信じられなくなってしまって、自分で作ってしまった壁を超えることができずに、困難を目の前にくじけてしまった。そんな僕だからこそ、人の痛みや苦しみが分かる気がします。経験したからこそ、人に寄り添い、思いを伝えられるのではないかと信じているのです。
これまで、たくさんの学びを得たから、背中を押してもらえたと思うのです。
つまり、たくさんの人から勇気を貰ったのです。
今度は僕の番です。
僕があなたの背中を押す番なのです。
現在、施設で毎食の食事提供をしながら、毎日1500文字から2000文字の「note」を更新中
【note】 https://note.com/merci0313/