メルシーブログ

許すということ

2025.12.1
こんにちは。メルシーです。



過去に僕はいじめに遭いました。その人たちを今でも憎んでいます。でも、復讐しようとは思いません。もう、その人に対して何かを思うことはありません。

憎しみは消えることはないけれど、憎しみにとらわれることはありません。
決して許したとは認めたくないので、許す必要が無くなったと言った方が適切なのかもしれません。

だって、復讐劇などあまりにもつまらないことだということに気づくことが出来たからでした。憎しみによって、自分自身を貶めてしまうものであることを知ったときに、それよりも、自分がやりたいことや楽しいことに集中していった方が良いのだという考えに辿り着けたのです。

人生において様々な苦労も、考え方ひとつで変わるのです。そう考えると、多くの物語といったものに、悪役が登場するように、僕らの人生においても、主人公である自分を輝かせるためには悪役が必要不可欠なのです。人生を劇的にしてくれるのは悪役がいるからこそです。今の幸せを感じさせてくれるのは、理不尽なことを耐え抜いたからなのかもしれません。だとするのなら、僕が自分らしくだとか、夢を実現させたいと、必死になれているのは、憎しむ相手がいてくれたからなのかもしれません。

憎しみは自分自身の考え方でもあり感情でもあり、とても複雑なもので、コントロールしようとしても、引き込まれてしまうものです。そして、自分の中にあるもので一部分でもあります。ですので、決して消し去ることは出来ないのです。憎しみの心もまた、大事な自分であるということを示しているからです。それがどういうことなのか。僕らが成長した先に、もっと、違う視点で憎しみをみることが出来れば、憎しみなんかに負けない自分でいられるはずなんです。

そう簡単なことではないことは分かっている。でも、絶対に出来ないことだとも断定することも出来ません。だったら、自分に出来ることをしていくしかありません。憎しみなんてくだらないものだと思えるように、自分が喜ぶことを増やしていこうと思うのでした。きっと、それが許すことに繋がるはずなんですから。



最後まで読んで頂きありがとうございます。
メルシー