メルシーブログ

時には統合的に見つめていこう

2025.11.26
こんにちは。メルシーです。


研究者なら分かるのかもしれません。分析だけでは理解が出来ないということ。その部分だけにとらわれてしまうからです。ものごとは時には全体をみて様々な視点で検証しなくてはなりません。

まさに、自分を分析するということは動画の切り抜きのようなものです。それって、結局、ひどく自分を痛めつけることにはならないでしょうか。

このことに気が付いたのは、まさに子供達でした。6歳の息子と3歳の娘が教えてくれたのです。つい先日のことです。このテレビを観たら、勉強をすると約束をしました。ですが、子供達はテレビを観た後でも、おもちゃを引っ張り出して遊ぼうとしたのです。約束を守れないなら、もうおもちゃは買わないよなんて言って聞かせようとしても、子供達は言うことを聞いてはくれませんでした。どうしたらいいのか分からなくなってしまった僕は最終手段に出来ました。そんなにお話しを聞いてくれないのなら、サンタさんはやってこないよ。しぶしぶ、遊ぶのを辞めてはくれましたが、とても不満そうでした。

きっと、この部分だけ分析すると、子供達がわがままだった。親の言うことを聞かなかった。僕の言い方が悪かった。など、誰が悪いとかいうことになってしまいます。

でも、冷静になってみて考え直しました。後になってじっくり話を聞いてみたんです。すると、その数日前に、勉強をしたら遊ぼうねと約束していたのに、その約束が守られなかったからだと言うのでした。それは、僕にとっても凄く反省して良い教えにもなりました。約束をしたのなら、ちゃんと守らないといけないんです。それは、年齢関係なく一人の人間として関係性を築いていく必要があるのだと学べたのです。

そう言えば、苦しいことや悲しいことだって、後々、あれはいい経験になったなんて思うことがあります。それは、苦しみや悲しみの部分だけを見ていたことで、辛いこととしか捉えることが出来なかったこと。でも、時間を経て心を落ち着かせることが出来たことで、その出来事を俯瞰してみることが出来るようになれて、統合的に考えられたから関連性を見つけられたからだと言えます。

僕たちは、人を見る時も、人格や考え方、言動や行動、見た目、職業、家柄、性別や出身など、相手のことを分解して見定めることが定着してしまっているようです。こうした考え方は、人を決めつけてしまうことに他なりません。誰だって、良いところもあれば足りない部分もあるのです。それなのに、その人の一部分だけを切り抜き、ダメだと判断してしまうのです。それは何もかもを切り離した考え方で自己中心的とも捉えるものではないでしょうか。

そこで、近しい人のことを思い浮かべてみて下さい。その人のことを統合的に見て全体で判断してはいないでしょうか。その人の欠点を知っていても、関係性を続けているのは、その人の良い部分も沢山知っていて、統合的にその人のことを見ることが出来ているのではないでしょうか。だから、自分との繋がりをも感じることが出来るものなんです。その関係性は、お互いが支え合うことが出来るものだと思うのです。

統合的な考えてあるためには、ものごとを結び付けることが大事であるからです。それは、協調的な考え方であり、何よりも繋がりを重視した視点で見ることが出来るのです。

自分を高めるために、分析することは決して悪いことではありません。でも、僕は、どこか統合的に捉えていく方が、好きな自分になれそうな気がするのでした。




最後まで読んで頂きありがとうございます。
メルシー