苦しい時の自分を分析してみた
2025.11.18
こんにちは。メルシーです。
苦しい時の自分を思い出してみたんです。病気をしたときのこと、いじめられたときのこと、経済的に行き詰って来月の生活のお金が確保することが出来なかったときのこと、母親との確執が激化してしまったとき、離婚をしたとき、大切な人との別れもそう。その時の自分がどうだったのかを思い出してみたんです。
そのどれもに言えたことは、かなり長い間、まともに行動することが出来てはいませんでした。今もあまり変わらないのかもしれませんが、物事を悪い方にばかり捉えてしまい、あまり起こりえないような最悪な未来ばかりを思い描いてしまっていました。何をするにしても、意識が散漫していて、呆然とするばかり、役立たずであったのは言うまでもありません。思い悩むことで体にも悪影響が出ていました。過食や睡眠障害になったこともあります。心病みすぎて鬱を経験してしまったこともあります。心身ともにしんどくなった時は、自分でもどうしたら良いのか分からなくなっていました。そんな自分の状況から焦りが生じてはイライラしたり感情的でした。
冷静になって考えてみると、必ずと言っていいほど、手を指し伸ばしてくれる人がいたんです。でも、僕はその手を自ら突っぱねてしまっていたんです。偽善は辞めて欲しいなんて酷いことも言ったりしたこともありました。
苦しいことや辛いことを乗り越えることが出来ずに、あたふたしながら、ずっと同じところをぐるぐると回っているだけだったと今ならそう見ることが出来るのです。
こうした反応は、苦しみのあまりに、苦しいことだけにしか意識が向いていない証拠なんです。だから、どんなに手を差し伸べられたとしても、信じることが出来なくなってしまったり、どうして良いのか分からなくなってしまうものだということです。
こうした苦しみの苦しい部分だけに意識が向いてしまうことは、その分、苦しみが増してしまうものです。だから僕は、自分だけが不幸であるかのような錯覚をしていたんです。それによって、どうなってしまうのかを考えてみたんです。そうしたら、どんどん心は疲弊していくし、どんどんと追い込まれた気持ちになってしまいます。耐えられなくなった心は苦しみをなんとか回避しようと、あらゆる手を使おうとします。僕の場合で起きてしまったのは、人のせいにしていたことです。他にも考えられたのは、何かに異常に依存してしまうことでした。自分の問題なのに自分の問題として捉えようとはしなくなってしまうのです。
そこまで、苦しみにとらわれてしまったら、苦しいことがいずれ何かプラスに働くことなんて想像すら出来なくなってしまっていたのです。
ですが、苦しみを解決しようとしている時の自分は、これが自分の成長につながることを信じていて、自分の問題として向き合っているのです。
きっと、苦しいことは誰であっても苦手なもので嫌なものです。でも、苦しい時ほど、勇気を出して自分に伝え続けなければなりません。
「人のせいにしないでいれば、苦しみはいつか支えになるもの」なんだって。
しかもこれは、もう過去の自分が証明していることです。
だから、そろそろ信じてみてもいいんじゃないかと思うところです。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
メルシー